ロールケーキ








 長い長い授業を終えて、家までの帰り道を歩いた。
私は帰り道が好きで、よく空を見上げたり、地面を見つめながら歩いたり、坂道を登りながら薄ぼんやり考え事をしていた。
ようやく家の前に着き、重い玄関の扉をゆったり押しながら、私は家に入った。
「ただいま」
 家の中に足を踏み入れたとたん、奥の台所からぷんと甘い香りがしたので、思わず鼻をひくひくさせてしまった。この香りの正体は予想がついてる。
私は急いで靴を脱ぎ捨て、重い鞄をそこらへほうりなげたあと、ドタバタと廊下を走り抜けた。
台所の暖簾を掻き分けて、テーブルの方をみたら、予想通り手作りのロールケーキがおいてあった。
 ぽてっと控えめにのった生クリーム。柔らかそうだが、弾力も充分にありそうなスポンジ。
さっきまで学校で、糖分を使い果たした私は、その甘い誘惑に逆らいきれず、手も洗わず(ついでにウガイもせず)フォークを掴み取り、柔らかなロールケーキに食らいついた。
 口に、大きくロールケーキを運んで、舌で味わうと、ほのかな甘い香りと、どこかすっきりした甘味が口の中で踊る。
この味がたまらなく、美味い。
胸を昂揚させて、さぁ、二口目、というところで後ろから低い声がした。
「まさこ、アンタは本当に・・・・」
声の主は祖母で、怪訝な顔をしてたっている。
「手くらい洗いなさい。意地汚い、卑しい子。」
「すみません・・・。」
「まぁ、どうせは腐った男の娘だからしょうがないわよね。」
そういうと、気がすんだのか、祖母は振り返って廊下を歩いて離れていった。
自分の手が妙に汗ばんでるのが気付いて、何だか嫌な気持ちになった。
その手を洗うことにした。冷たい水が私の手を押し流してると気持ちはやっと落ち着いてきて、手もきれいになった。
 祖母は、私を憎んでいる。いや、祖母は何もかも憎んでいる。
単純に言えば意地が悪いのだが、そういうよりも憎んでいるという言葉の方が合うような気がした。
 戦争を経験した、祖母。戦争で家も財産も婚約者も両親もなくした祖母。
自分の娘が祖母の言う「腐った男」にたぶらかされ、仕舞いには私というお荷物を祖母の家に捨てて、逃げた。
 ロールケーキをじっと見つめ、なんだか不思議な気がした。
なんと、この美味いロールケーキは祖母が作ったものなのだ。祖母が小麦粉から、砂糖から、卵から作ったものなのだ。
 あんなにドロドロしている祖母の心。
そして、美味くて、甘くて、すっきりとした味。よく、ドラマや漫画で「料理は心が大切」ということが言われるけど、祖母とこのロールケーキは矛盾しすぎてる。
祖母はロールケーキに荒々しい感情をぶつけて、その結果このロールケーキは美味い。
 理解できるような、できないような。きっと社会にでたら、こんなこといっぱいあるのだろうなぁ。
椅子に座り、今度は一口一口大事に味わったロールケーキ。
食べ終わった後に頭のなかに広がっていく充実感、包容感に私はほだされながら、眠くなってきたので、近くのソファへ寝転んで、たらりと瞼を閉じた。


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この作品は結構好評でした。
自分でもまぁまぁかなぁ・・・と思います。
自分が考えてる雰囲気に近く仕上がることが出来ました。


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