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シャーペン・図書館・会長







今にして思うと、どうしてあんな別れ方になったのか、ただ漠然としか考えられないのだ。理由、はあったのだろうか。
讒訴をするつもりはないのだが、もしかしたらこうやって残す事でしたたかな、ささやかな讒訴をしたいのかもしれない。

 確か、少し冷たい空気を僕たちをつぶしていく、12月の始めだった。
加絵の指が少しささくれだっていて、でも爪は整えられていた。
そのアンバランスさが妙に印象に残っている。
 加絵と僕は図書館にいたのだった。僕たちは付き合っていて、よく図書館へ出かけた。
電車に乗り、窓から流れ行く景色を眺め、よくいろんなことを語り合った。
「明日は会長選挙ね。宮崎くんは誰に投票するつもり?」
「んー・・・。僕たち関係ないしね。もうすぐ卒業するし。」
「でも誰かに投票しなければならないでしょう。」
「では、鈴田くんに投票しましょう。あの子はとても可愛らしい顔立ちをしてるから。」
「あら、鈴田くんは女たらしで有名よ。私は野球部次期主将並田くんに一票あげるつもり。」
「いいチョイスですね。」
「ええ、もちろん。」
2人でいる時は、まるでテキストの英作文の問題として使えそうなくらい丁寧な言葉を常用した。
加絵は肩までの髪型で、上品な顔立ちであった。
僕はかというと、目には黒斑眼鏡、髪は少し色素が抜けていて(地毛である)、180センチを超えた背丈、がっしりとした骨格であったらしい。
らしい、というのはこの証言は自分で感じたものでなく、クラスメイトの武山くんが僕をそう形容したことからきているせいだ。
武山くんはよく、周りから加絵と僕が2人でいる所をみると、
「何だか熊とお嬢って感じだ」
と何度も呟いてた。
そういうときは、そうね、と加絵は含み笑いを口で抑えながら頷いてたと思う。

「何をぼぅっとしているのよ」
パシンと鈍い痛みが僕の後頭部を刺激した。
振り向くと加絵が片手に千ページはあろう辞書をもって僕を見据えていた。
一瞬自分がどこにいるのかさえわからなかった。
ああ、ここは図書館か、閑散とした雰囲気を感じることで把握できた。
「あ、加絵、ごめ・・・」
さえぎるように、加絵は割り込んだ
「宮崎君、私、もうすぐ行かねばならないの」
急に険しい顔になった。
「え?」
「ごめんなさい、行かなければならいないの」
「帰るの?怒らせたならごめん、謝るよ」
「いいえ、違うわ。もうだめなのよ。もう終わりが近づいてるのよ。」
当時僕は加絵が何を言ってるやらさっぱりで(今もだけど)、ただ目を白黒させるしかなかった。
「そうだ、最後に、あなたから借りていたシャープペンシルを返さなくちゃ。ありがとう。」
「え・・・いい、はい・・・どうも・・・」
ポケットから細いシャーペンをとってそのシャーペンと同じくらい細い、すこし乾燥した指からころんと、僕の手へシャーペンが転がった。
その瞬間まぶしいとも言い難い、例えようのない白の閃光が辺りを囲んだ。
「わっ」
思わず目をつぶった。
そのあと、ゆっくりと目を開けると白い閃光も消えていて、いつもの図書館に戻っていた。
 いや「いつもの」ではない、加絵がいなかったのだ。
あのときから、加絵はいなくなった。
僕は、心持奇妙でならなかった。なぜなら、学校や、クラスメイト達は加絵がいなくなっても、誰一人何も気付かず、平然としていたからだ。
まるで最初から加絵の隙間などなかったかのように。なくなった隙間は、いつのまにか均されていた。でもどうしても僕だけは加絵を忘れなかった。
 加絵は自ら消えたのだ。
 僕の罪は加絵が消えたのに、悲しまなかった事だ。悲しみにおぼれなかった事なのだ。
加絵が消え、数日たった。僕は加絵のことを覚えてたにしても、加絵がいなくなったことについて切なさや動揺、疑惑、何一つ心に浮かばなかった。
そのことをなにより苦しんでいる。

  僕の、奇妙で不思議な冬の話である。




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