悔しいこと







 意地になっても仕方が無い。分かっている。
いやむしろ意地になったほうが負けだ。
恵那は悔しかった。
とうとう、この日が来てしまったと。
毎月書道場に送られてくる評価書、『書の友』をみて、
恵那は愕然とした。
 奇麗な明朝体で「2段 甲」と記された行を見ると、『佐上 和馬』、
「2段 乙」の行には「武村 恵那」とあった。
階級的に、甲は乙の上。
ああ、負けてしまった。
今まで肩を並べた事はあっても、どうにかあたしの方が一歩リードできていたのに。
和馬にだけは負けたくなかったのに。
「えなっ。どうだった、今月の評価!」
ひょいと肩越しに和馬が書の友を見に来た。
恵那はどうにか平常心を保って
「負けたよ。あんたが甲、私は乙。まぁ、3年間リード守り続けたしね。
そろそろ和馬に引導を渡してあげるわ」
「うぉ、まじでか!書道歴8年目にして、とうとう俺の時代が来たなぁ」
和馬の嬉しそうな声がウザイ。
「うるっさいよアンタ。
どうせ今月だけの勝利の余韻をせいぜい楽しめば?」
「なんだよ、感じ悪いなぁ。
ま、そんな調子じゃあ来月も俺が勝つぜい。」
一瞬、二人の空気が険悪になった。
恵那がまた言い返そうとすると
「恵那ちゃん、和馬くん、そろそろ書き始めようね〜」
習字の先生からのやわらかな牽制により、二人ともすごすごと那賀机に正座になった。
ごそごそと書道セットをだし、無言で墨をする。
ぐるぐると、円を書くように。
いつもなら無心の極地が恵那に訪れるはずだったが、今日はむしゃくしゃして集中できない。
どうして和馬なんかに負けたんだろう?
いつもサッカーの練習で(憎い事に、エースらしい)、習字の稽古を休んだりもするのに。
(私は習い始めた8年前から皆勤賞だ)
墨をゴリゴリおしながら、恵那は得体の知れない鬱屈とした気持ちに襲われた。
「恵那ちゃん、墨はもうその位でいいんじゃない?」
「すみません」
気付かず、えんえんと墨をすり続けていた。
和馬に「バカ」といわれそうな気がしたが、何もなかった。
私の軽い緊張感が空回りしたような気がした。
つ、と隣にいる和馬をみると、真剣な顔で墨に筆をつけていた。

ていねいに、
ていねいに。
筆の一本一本まで墨が行き渡るように。

すっと筆を紙の上にうつし、流れるような動作で一筆一筆書く。
恵那は和馬の手と顔を交互に見た。
日焼けした手、
意外とまつげの長い切れ長の目、
きっと結んだ口。
こんなにまじまじと和馬を見たのは初めてだった。
 しかし、和馬の集中力のすごいことだ。
こんなに凝視しているのに全く気付かない。
腕の流れによどみはない。
 これが、和馬と私との差か・・・と恵那は納得した。
今は負けを素直に受け入れられる。
私はもともと習字の才能が合ったのだと思う。
習った時から「うまいわねぇ」と褒められ続けてきた。
大して努力もせず、着実に階段を登ってこれた。
それに対し和馬は集中力でわたしに勝った。
8年をかけて。
8年前はまるで怪獣の絵をかいたかのような字だったくせに。
これからも和馬は上手くなるだろう。
ここの稽古場でも、和馬ほどの集中力を持っている人は見当たらない。
そう思うと、何だか悔しくて、唇をかむのだけど、
和馬の力に対する賞賛の気持ちも確かに存在した。
ちくしょう、これはかっこいいなぁ。
 和馬は書きおえ、筆をゆっくりと置いたあと、恵那の視線に気付いた。
「何見てんだ、もしかして俺に惚れたのかよ。
それとも負けの悔しさのあまり俺を刺す気?」
にやっと和馬は恵那に意地悪そうに笑いかけた。
少し不愉快だったけど、
なぜかどきっとしてしまった。 「なんでもない。あんたの爪が墨で真っ黒だから見てただけだよ」
無理やり素直ではないことを言ってやって、
恵那の中にある和馬に対する気持ちをぐちゃっと隠した。
 でも、今度こいつの出るサッカーの試合でも観に行こうかなあ、と恵那はひっそりと心の奥深くで考えていた。

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久しぶりに小説書きましたー。
前以上に文の書き方が分からなくなっちゃったんで、
悲しいですね。
麻央ちゃんからこのお題をもらった時、
習字について書こうと決めてました。
ていうか、これが習字の話って分かるんでしょうか?
修行しなきゃなぁ。
よろしければランクリ、感想などくださいな(◇p'v`q◇)




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