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ナイトメア







 人よりいささかつり目であることを、ユウカは気にしている。
なので化粧をするとき、アイラインは下瞼を強めに描いたりする。
そして、少しでもたれ目にみせる為、目じりを引っ張る。これはもうくせになってしまった。
しかしユウカの目はつん、と上がるばかりで、下がる気配など全く無い。
ほとほと自分の顔造りに嫌気が差した。
べつにつり目であること自体は、それほどいやではないのだ。
不愉快なのは、つり目のせいで性格がキツイように見えてしまうことだった。
声も低音なので、普通に喋るだけで少し怒った表情になってしまう。
慶子みたいな顔に生まれたかったな、とたまに溜息と共に思うときがある。
慶子というのは、ユウカのクラスメイトだ。
ものすごく美形で、ふっと見てみると息を呑むほどの。
いるだけで、そこに華が開く。
 肌は黒いが、それは慶子のミステリアスで神秘的な顔立ちにとても似合っており、
昨今の美白ブームなど何処かへ行ってしまう。
眉はきりりと濃く、鼻はすぅっとアーチを作る。
とがった顎。白と黒のコントラストの美しい眼。黒々とした髪。
そしてなにより、ユウカは慶子の唇が一番きれいだとおもった。
世界で一番美しいバランスを持った唇だ。
本当に慶子は美しい。
可愛いといういう幼い言葉では収まりきらない輝きがそこにはあった。

  ただ、慶子は変わった女だった。
ものすごく、食べるのだ。
容貌もさることながら、食への執着心も群を抜いていた。

 いつ慶子をみても、慶子は何かにがっついていた。
たとえ授業中でもだ。
凄まじいオーラを発しながら、一心不乱にかぶり付いていた。
こんなにエネルギーを出しながら食する人を、ユウカは見たことが無かった。
美しい顔が、さらに美しく歪みながらパンをほお張る。
パンは引きちぎられ、無残にボロボロになりながら、完璧なアーチを描く唇に吸い取られていく。
それを見るのはいつも怖かった。
 だからなのか、かなりの美形のわりに、慶子の周りに恋の香りがすることはほぼ無かった。
男子も、慶子のエネルギーにおののいていたのだ。
 男子だけでない。教師達もユウカとは距離を置いていた。
授業中にものを食べるということは、学校という場では許されざる行為だ。
一度、教師は慶子から、食べてるパンを奪った。
そのときの慶子の剣幕と言ったら無かった。
一瞬にして教室の空気が変わった。
慶子美しさが、とげのようだった。
教師は、完全に慶子に呑まれていた。もちろん、教室中の人間が。

 慶子には友人はいない。
ユウカとは比較的他のクラスメイトよりか話す位で、友達と言えるほどではない。
ユウカも、慶子と親しい仲になるのは少しおそろしかった。
かといって、無視できる訳でもなかった。
慶子のように綺麗な人間の存在感を見ない振りして過ごすのは、逆にユウカを疲れさせるのだ。
慶子が好きなのは、飴玉らしかった。
よく、口の中で転がしている。黄色い飴だ。
ユウカはその飴が、月のようで綺麗だと思った。
ある日、慶子はイタズラぽくユウカを見て、ふふ、と笑った後
「ユウカの目って、上弦の半月みたいだね」
と言った。
何気なくユウカは慶子の口元に目をやると、
口の中に含んでいた黄色い飴が、真白な歯から少しちらっと見えた。
ユウカは何故かひどく狼狽して、少し笑った後、逃げるようにその場から立ち去った。

慶子は魔物だ―――――。
貪欲なまでに、食べる。食べるために生きている。人間の心まで食べている。

その夜、ユウカは夢を見た。
夜の道だった。慶子と二人きり。
慶子は化粧をしていた。
まるで天女のような気高い笑みを浮かべて、ユウカを直視する。

黒の制服が闇に溶ける。
赤く塗られた唇が、ゆっくりと動き、最上のアーチを作る。 笑っている。

「ユウカの目、ってきれいね・・・。すごく甘そう。」

あ、食われるのだ・・・、と瞬間的にもっとも動物的な本能がそう考えたが、動けなかった。
慶子の美しさが、ユウカを麻痺させていく。
まばたきすらも出来やしない。
これまで生きてきて、かつてない恐怖が背中を走る。
鼓動は破れそうなくらい大きく打つ。
ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ――――――・・・
言葉にならない慟哭が体中にうずいているのに、
慶子はそれに気付いてるのか、無視してるのか、慶子の手はユウカの顔の前にあった。
慶子は舌なめずりをする。赤い唇は、あだっぽく光る。
誰か助けて。
眼球だけ動かしして、あたりを見渡すと、無数のクラスメイトの顔が、ユウカと慶子の周りにあった。
皆、青白い顔をして笑っている。
もう一度慶子に視線を戻すと、慶子の後ろにはぽっかりとまん丸な月があった。
闇はもう一段深くなる。
慶子は色が黒いので、闇の中、慶子の眼球だけと月が映し出された。
その二つの目玉は、透き通るようだ。

慶子の手がユウカの瞼についた瞬間、ユウカは夢から覚めた。
寝汗をびっしょりかいている。
思わず、自分の目があるか両手で確認した。確かにある。


心の底から、人間が怖いと思った。





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