さかみちくだり



 暑いな、と四月。
春はうっとおしい暑さだ。
空気は冷たいのに、太陽ばかりが照りつける。
それに新しく始まるものごとに、おれはすこし戸惑いを覚えるのだ。
 全部かっ飛ばしたくて(野球でいうならホームラン?)全部捨ててしまいたい(世間で言うならホームレス?)。
背負うものは少ないが、おれには重いものばかり。
そういうものに縛り付けられたくない時や苛立つ時は、自転車のサドルにまたがる。
ロードレーサーなんて良いもんじゃない、普通の自転車に。

走れ。あの坂道を。

 十五分ほど漕ぐと、ソコは公園だ。いつも誰もいない。
俺はダンシングしながら少し傾斜のついた坂道を登る。もうすぐ、もうすぐ。
 頂上へついた。
そしてこれから広がるみちは、だれも見たことが無いようなきつい傾斜がある長い長い下り坂。
周りには木々が整然と立てられている、だけ。
下り坂のその先はよく見えない。
 おれはこの急な下り坂を、1年前からみつけ、ストレスのはけ口にしようと決めた。
下るだけでいい。
しっかりとハンドルをにぎり、ペダルを漕ぐ。
少し進むだけで、自転車は傾斜にのり、下り始める。
おれの恐怖心がうごめく。怖い、やめたい、と思う。
でも自転車はもうすすんでるのだ。
自転車はスピードを上げる。
恐怖心はまだ俺をつかんでいる。 周りの景色がもうロクに見えないほど、スピードはあがっている。
自転車が軋む。
あまりのスピードに耐えられないような音が、さらに恐怖心をかきたてる。
でもブレーキには手をださない。そのままの速度でいたい。
顔に大気が当たって痛い・・・・。
体がぐらつく。
今にも転げてしまいそうだ。
このスピードで倒れたら、どんな怪我を負うだろうか・・・。
いつのまにか長い下り坂は残り十数メートルで終わろうとしていた。
ブレーキをかけようとして、両手に力を入れた。
しかし自転車はとまらない。
スピードが出すぎた、と思った。
いつもは、下り坂の半分辺りから自転車に乗っていたことを思い出し後悔する。
もう遅い。

目の前にある桜の木に、自転車の前輪がものすごい勢いでぶち当たってしまった。
おれは自転車から投げ出され、結構高く宙を舞い、
桜の花びらがこんもりと積もっているところに背中から着地する格好になった。
どがっと鈍い音が耳の奥でした。
どこか遠くでも自転車がガシャン、と音を立てた。
あまりのはやさに自分の身に何が起ったか理解できず、
ただぼうぜんと桜の花びらの絨毯にしかれて空を仰いでいた。
背中からじわじわとした痛みがしてきた。
「いてぇよ・・・」
恐れていた事態が自分を襲った。
ばかみたいで、笑えた。
しかし意外と自分が冷静でいることに、おれは誇らしかった。
「なんでもねぇよ、んなの。」
突然、パチパチと拍手がおこった。誰が?と疑問に思ったが、
寝転びながら、拍手のするほうに顔だけむけた。
「あんた、みてたよ!久しぶりだよ、この坂道を下ろうとする奴を見たのは」
着物姿の老女だった。
粋な柄を着こなし、頭をしっかりと結っている。目はきらきら輝いて、頬は赤かった。
後ろに、着流しの老人もいた。
メガネをかけ、拍手をしている。穏やかな目をおれに送っているのが感じられた。
「最近の奴ァうだうだしたもんばっかでさ!退屈してたんだ。
そこに今掃除してかき集めた桜の花びらの山に、アンタが飛び込んできたんだよ。
あーこんな胸をすく思い、久しいね」
「はぁ」
そのままの格好でおれはそういうしかなかった。
しかし、この桜の花びらのお陰で大怪我せずにすんだみたいだ。
「いいかい。怖かったろう。それに、痛い。
でもそれを飛び越えちまったら、案外なんでもないもんさ。だろ?」
「背中を強く打ったんじゃないかね。大丈夫か」
着流しの老人は一歩一歩穏やかな足取りでおれに近づき、手を差し伸べた。
 おれはあえてその手をとらず、自分の足で立ち上がった。
「生意気だぁね」
着物の老女はそれすらも面白いようで、ケラケラ笑う。
さっき衝突した俺の隣の桜の木も、ケラケラ笑っているようだった。


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※ダンシングdancing 登りや加速のときにサドルから腰を上げてペダリングすること。
出典「自転車ツーリング再生計画」

50番おめでとうございました、奏芽さん!
リクは「桜」でしたよね。
何故か結構苦戦してしまいました〜。
それと、自分の未熟さが露呈してしまった結果に;
こんなんでごめんね!
これからも訪問よろしく♪
受験頑張ってくださいっ。


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